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2013年4月13日土曜日

つわりの重い・軽いは胎児が元気な証拠? 稽留流産経験と共に考える

つわりの重い軽いは、個人差が非常にあります。つわりが重いのは胎児が元気な証拠……という方もいますが、これはつわりが重い方を慰める言葉くらいに思っておいた方がよいです。
つわりは50〜80%の人に起こると言われています。
つまり、半数くらいの人は感じない可能性があるのです。
なので、「自分はつわりがないから、赤ちゃんが元気じゃないんじゃないか……」と悩む必要はありません。

ただし、つわりがあること=胎児が元気である証拠ではありませんが、逆につわりが急になくなることは、場合によって流産の兆候であることがあります。
あまり週数が進んでいないのに突然つわりがよくなった場合は、一度かかりつけの産婦人科に相談するといいかと思います。

2013年3月4日月曜日

私の橋本病のコントロール(妊娠→流産後も含め)

以前に、私自身の患っている橋本病についてのエントリーを掲載したのですが、結構検索でこちらにいらしている方が多いようです。改めて、どういう経緯で病気が発覚して、そこから妊娠、流産した時の経過を書いてみようと思います(文章にすると随分長くなったので、興味のある方だけどうぞ)。


私は昔から甲状腺(喉の前側にある、ハートのような形をした臓器です)が若干大きく、高校生くらいから定期的(といっても数年に一度くらいです)に検査をしていたのですが、異常なく経過していました。
特に、甲状腺機能が低下していると鬱病に似た症状を呈することがあるので、私が鬱病になった26歳の時に、直に改めて検査をしましたがこの時も正常。その後、確か30歳になる前にも検査しましたが正常。

31歳で結婚し、32歳になる少し前くらいから妊娠希望でしたが妊娠せず。不妊症の定義にかかるほどではなかったのですが、何度か基礎体温でタイミングをとってもできない。
年齢も年齢だし、あまり妊娠できないようなら不妊症も考えて早めに婦人科受診せねばな……
そう思っていた頃、ふと鏡をみると、どうも前より甲状腺が大きくなっているような気がする。元々大きかったけど、これは前より大きい……?

というわけで、念のためと思い、検査をしてもらいました(簡単な血中のホルモンの値を見るだけの検査です)。
すると、がっつりと甲状腺機能低下症のデータになっていました。数値だけ見ると、おそらく橋本病で、すでに治療が必要な段階でした。

甲状腺が大きくなるというと、多くの方はバセドウ病という甲状腺機能亢進症を思い浮かべるかもしれませんが、橋本病も大きくなるんです。
橋本病というのは、自分の甲状腺に対する自己抗体というものができてしまい、それによって甲状腺が攻撃され、甲状腺がへたって甲状腺ホルモンが作りにくくなってしまう病気です。
甲状腺ホルモンが低くなると、脳から分泌されるTSH(甲状腺刺激ホルモン)というホルモンが甲状腺に「もっとホルモンだせよ!」とどんどん量を増やして甲状腺を刺激します。刺激されても、へとへとの甲状腺は当然ホルモンなんて増やせません。すると、TSHは更に増えて刺激をします。この刺激がどんどん加わる事で、甲状腺自体が徐々に大きくなるのです。
大きくなり方は人それぞれで、あまり大きくならない方もいれば、私のように大きくなって気づくくらいまでサイズアップすることも。

甲状腺機能低下症であることがわかり、まずしたことは、避妊再開でした。とほほ。こんなことなら、マリッジチェックがてら結婚の時に検査をやっとくんだったよ、と思ったは正直な感想です。まあ、普通甲状腺機能まで調べることはないかもしれませんが……
それから改めて内分泌専門のドクターを受診し、自己抗体などの検査や、甲状腺エコーでチェックをしてもらいました。そこで、橋本病の正確な診断が下り、治療を開始しました(詳しい検査結果が出る前に、前倒しで治療を開始しています)。

橋本病の治療は至ってシンプルで、足りない甲状腺ホルモンを補うため、合成された甲状腺ホルモンであるチラーヂンSという薬を飲むだけです。が、足りないからと一気に大量に飲むと体に負担をかけます。特に、心臓が弱るほどに甲状腺ホルモンが足りない状態になっていた場合、かえって心臓へ無理をさせてしまうことになります。従って、少量から開始して、徐々に増やしていくのが原則です。
私の場合、「できるだけ早めに妊娠希望です」と最初にはっきりドクターに言いました。甲状腺を診るドクターは、基本的に患者さんに女性が多いので、妊娠の事には随分配慮します。が、どのくらい妊娠を希望しているか等々は患者さんによって違うので、前もって質問されたりすることも。なので、ぜひ恥ずかしがらずにはっきり言いましょう(まあ、私の場合、直属の先輩先生だったので、若干の照れはありましたが……)。
というわけで、私の希望(妊娠早くしたいから、早くコントロールいい状態に持っていきたい)と、全身状態も鑑みた結果、比較的多めの25μgからスタート。2週間おきに経過をみながら、更に50→75μgと増量しました。

元々鬱病だったこともあり、甲状腺機能が低下しているような症状は感じていなかった(鬱病が治ってないと思っていた)のですが、治療をはじめてみると、体が随分楽になるのを感じました。
特に朝の寝起き! 起きるのが辛くて、布団から引きはがすようにして起き上がって仕事に行っていたのですが、さっくりと起きれるようになりました。
日中の眠気も酷かったのですが、これもかなり解消。中途半端な時間に昼寝などをしないと辛かったのですが、寝なくても夜まで起きていられるように。おかげで、不眠の症状(昼寝のせいで夜眠れない)があったのですが、昼寝がいらない→夜もしっかり眠れる、の好循環となりました。

妊娠できる値に落ち着いたのが、治療開始から約4ヶ月くらいたった頃でした。ここで妊娠のGOサインをいただいたので、やっと避妊を中止。
中止してすぐに妊娠しました。確か、1周期目に妊娠しています。その後の詳しい経過については、前に書いた「妊娠と橋本病」の項を読んでいただけたらと思います。簡単に書くと、75→100μgに増量し、そこでTSHが妊娠初期によい値で落ち着きました。

その後流産しましたので、報告がてら受診。妊娠希望は相変わらずでしたので、TSHは低めに管理しようということになり、妊娠前の75μgより少し多めに調節することに。100μgでは若干多かったので、75μgと100μgの隔日投与(毎日交互に飲むこと)をすることになりました。これで、TSHは低く、かつ甲状腺ホルモン過剰状態にならずに落ち着きました。

以上が私の病歴になります。詳しめに書いたので長くなりました。
妊娠がわかったら自己判断せず、お医者さんと相談しながら増量してくださいね。
ちなみに、大きくなった甲状腺ですが、治療を開始して徐々に小さくなり、今は昔の大きめだった頃よりもサイズダウンしました。ほとんど目立たないレベルです。
甲状腺が大きくなることで、喉の圧迫症状などが出て生活に支障が出る場合は、治療が必要なホルモンの値でなくても治療を開始することがあります。橋本病と診断されたけれど、まだ治療はいらないと言われたけれど、どうにも喉が苦しい、声が嗄れる、などなどでお困りの方は、今一度内分泌の先生に相談してみてはいかがでしょうか。 

2013年2月28日木曜日

自然に流産した後の避妊期間

流産後の避妊期間、つまり、流産後いつから妊娠してもいいのか。
これは、妊娠待ちの方々には一番気になることだと思います。
1月半ばに稽留流産から自然に完全流産となったのですが、私もやはり一番気にかかったのはこのこと。

「先生、このあと、どのくらいの期間、避妊した方がいいでしょうか?」

と、はっきり質問しました。

「3回、生理を見送ったら妊娠しても大丈夫ですよ」
「3回ですか!」

長い。これは長い。流産後で、一日でも早く妊娠できるものならしたい身としては、かなり長く感じました。
私の驚きの声に、付け加えるように先生がおっしゃいました。

「まあ、もっと高齢だったり、不妊の方なら2回……時には1回見送ったらとも言いますが……まあ、あなたはまだ若いし、3回あけて、その間にhCGの値がどうなるかとか、基礎体温とかを見ていきましょう」

それなら私も1回でいいじゃーん! と思ったのは秘密です。そんなに若くないんだけどなあ……


2013年1月25日金曜日

稽留流産後、自然に流産に至るまで

(20140130:画像のURLに誤りがあったため、修正しました。申し訳ありません)
(流産時の胎のうの写真がありますが、その性質上、興味本位での閲覧はご遠慮願います)

前回記事で書いたように、本当は外科的処置(掻爬)を受ける予定だったのですが、自然におりてきて、完全流産となりました。(完全流産かどうかは、3月2日現在、経過観察中です)(追記:最終的に特に処置なく、無事に完全流産したと判明しました)
で、ネットをみていると、稽留流産後に自然に流産をした時のことを書いている方が少なく、ごくわずかな方が書いていることが、非常に役立ちましたし心の支えとなりました。
なので、私の経験談も書いておこうと思います。

1月18日(金)稽留流産の診断確定

1月21日(月)
夜中0時くらいから下腹部痛。出血は変わらず、生理終わりかけくらい。
陣痛のように、周期的に痛む。
「もし手術までに、自然におりてきてお腹が痛くなった時には、もう薬(解熱鎮痛剤)を飲んでいいですから」
と先生に言われていたものの、これまでの習慣のせいで、飲むのをためらう……

3時過ぎ、腹痛が5分おきくらいにくる。痛みに堪え兼ねてロキソニン1錠内服。
下腹部も痛いが、腰が痛い。響くような痛み。横になると、子宮がひっぱられるのかどうかわからないけど、尚更痛いので、座位で耐える。

4時半くらいになると、薬が効いたのか楽になってしまったので、ようやく寝る。

朝になって、じわじわと痛いけれど、夜中のような痛みは治まってしまった。
けれど、これは流産するかも、という予感もあり、職場に連絡して休ませてもらうことに。

15時くらいから、また10分おきくらいに痛みがおこるが、まだ夜中ほどではない。
出血自体は、若干は増えたが、せいぜい生理2日目〜3日目程度。

17時 徐々に一度の周期でやってくる痛みの波が強くなって、腰まで響くようになってくる。が、まだ昨晩よりはまし。

18時 とはいえ痛いので、ロキソニン1錠内服。
このままできるなら流産したい気持ちがあったので、効くかどうかはわからないが、陣痛を待つような気持ちで痛みに耐えながらスクワットしてみたりする。

20時くらいから、痛みが昨晩と同じレベルに。身の置き所がないとはまさにこのこと。
骨盤が割れそうなほど腰が痛いが、出血はむしろ少ない。
もしかすると、子宮口あたりに胎のうがおりてきて、つまっているような状況かも。と思い、ひっひっふーをしてみる。効いたかどうかは不明です。痛みのせいで過呼吸になるのを防ぐ効果はあったかもしれませんが。

20時40分、トイレに行くと「あっ出る」と思わずつぶやいてしまうような妙な感覚と共に、凝血塊と組織塊がするりと膣からこぼれ落ちる。トイレの奥にいってしまったので、必死でかきだして回収。
水で洗って凝血塊を落とすと、ちょうど手のひら大。少し白っぽい球状のものと、それを包む灰白色の組織でした。多分、丸いのが胎のうで、周りの組織が子宮内膜。
出てしまうと、驚くほど痛みが和らぎました。まさに出産の後のような。軽い重だるい感じはありますが、出血も生理3日目くらいから、更に減少傾向になりました。

組織は、ぬれたガーゼで包み、ビニールなどで更に包んだ上、冷蔵庫で保管(腐敗防止のため)しました。

(で、今回流産にあたって困ったのは、この娩出したものが本当に胎のうなの? ということでした。教科書でも見つからないんですが、ネットで探しても画像がない。
というわけで、同じような立場になって困った方のために、画像をアップしています。ただ、一般の方が見るにはグロと言われても仕方のない画像ですので、興味本位では見ないことをお勧めします。あくまでも、私のように困った方のためのものですので。

ttp:https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEhjFX3TywE8_r6XjG4wuQqwQ3Tex0a9be6_0Qh3G1rsIKC38u8MK7HA5S0J1HogM172HgKrKeqOyYE3d20jzvT7tx49EdXiH_EdViiey-b3vwOt8hwHby8M14-wyCgGMlODu9wZrZRsoT3E/s1600/attachment00-797000.jpg

上記文字列をコピーし、ブラウザのURLを入力する場所にペースト、最初にhをつければ、見れるはずです(以前のリンクが移動してしまっていたため、再掲載しました)。
一応解説します。全部赤黒く見えますが、よくみると色調に違いがあります。下側の一番濃い部分は凝血塊です。左上、右上にわかれて見えている少し色の薄い部分が子宮内膜、中心部に少しだけ見えている更に色の薄い半円のような球状のものが胎のうです。)


で、この時点で病院に行くかどうするか悩んだのですが、あまりに微妙な時間。
多分当直の先生は、その病院の先生ではない(大学からバイトできてる先生とか)ので、行っても朝まで経過観察のために入院になるかな、と。
腹痛や出血が多くなれば受診するつもりでしたが、結局悪くならなかったので、翌朝の火曜日に電話連絡をし、受診しました。

1月22日(火)
組織は病理提出のため、病院に持っていきました。本当は、自分で弔いたかったですが、検査はしておいた方がいいので。
もし、きれいに出てそうなら、手術はしたくない旨を伝えたため、水曜日の手術は中止に。
エコーでみたところ、内膜は15mm程度、あまり先生から解説は受けなかったのですが、ぱっと見、きれいに出てそうでした。
尿中hCGをはかり、きちんと下がっていくかどうか、基礎体温をつけて高温期にならないかどうか、エコーで子宮の様子をみながら、きちんときれいになるかどうか、それで経過をみてゆくこととなりました。
処方は、メテルギン(子宮収縮薬)、セフゾン(抗生物質)、アズレン(胃薬)3日分。
メテルギンの副作用で、吐き気が……
仕事は、職場の勧めもあって、今週は休ませてもらうことに。

1月23日(水)少し出血が増えましたが、生理二日目を超えないくらい。
薬のせいか、腹痛が少しありましたが、激痛というほどではありませんでした。
薬になれたのか、吐き気は大分ましに。
ただひたすら、寝て過ごしました。

1月24日(木)
出血が急に少なくなり、生理終わりかけの微量の出血に。腹痛も軽減したので、ぼちぼち離床。


といった経過をたどりました。
胎芽の成長からみて、おそらく、心拍停止から稽留流産の診断確定までの期間は数日程度と思います。もしかすると当日かも。
なので、心拍停止から、1週間たたずで完全流産に至ったケースとなります。

これは個人的な感想ですが、気持ちの上で、自分で最後まで面倒をみれたといいますか、きちんと(死んでますが)産んであげれたといいますか、そのことが、流産したということについての気持ちの割り切りに非常に役立ちました。
手術を受けると、寝ている間に処置が行われ、目が覚めたら赤ちゃんはもういません、となるんだなあ、というそのことがどうにもずっと引っかかってました。理性としては、手術の方がいいと思っているんですが。
なので、もし自力で産んでしまえるなら産んでしまいたいと思っていました。
毎日お腹をさすり、ごめんね、生きて産んであげれなくてごめんね、お母さんと一緒にいたいなら、手術まで一緒にいよう、でも、もしお母さんの顔がみたかったら、早く出ておいで、ちゃんと産んであげるからね、と語りかけました。
結果、こうやって手術を待たずに完全流産になったことは、私の心には非常によかったです。痛かったし、苦しかったですけどね。

最期まで、本当に手のかからない子でした。
もしまた、この世にうまれてくることがあるなら、今度はお母さんにもっと甘えていいんだよ。
本当にありがとう。

ばいばい。






今後のことを考える気力が出て来たら、こちらもどうぞ。

 自然に流産した後の避妊期間

 流産後の次の妊娠までの期間はどのくらいがベストなのか

流産後2年してから振り返った雑記です。

 流産から2年経って



気持ちの整理がどうしてもできない時。例えばこういう本を読んではいかがでしょう。
医学的、科学的な部分とは別の部分で、納得ができるかもしれません(人により合う合わないがあると思いますし、医学や科学とは本当に別の話ですので、内容を肯定するという意味ではありませんが、今のあなたを助けるかもしれないと思いご紹介しています)。


いつでも会える (ハートフル菊田まりこの絵本)

菊田 まりこ 学研プラス 1998-11-17
by ヨメレバ
こちらは流産の話ではありません。死について描いた、短い絵本です。
流産や死産の話を読むのも辛い時、こういう本も助けになるかと思います。
いつでも会える。いつでも会えます。私もそう思います。

2013年1月18日金曜日

診断名:8週稽留流産 不育症の検査

診察台をおりて、先生の元へ。

先生「うん……今回は残念だったね。8週目の稽留流産、ですね。
ただ、この時期っていうのは、赤ちゃん側の遺伝子の問題とかが原因のことが多くて、お母さんがどうこうしたからって止められるもんじゃない。
だから、あの時どうしていれば止められたんだろう、とか、自分が悪かったんじゃないか、とか、そういう風に、あまり自分を責めたりしないで。
妊娠できることがわかったのだから、次につなげていきましょう」

というような話を受けました。
まあ、ここまでは予想通りなんですが。

先生「ただね、ここまで順調に育っていて……(流産する)というのは……
初回だし、8週だし、基準にも一切触れないんだけども……」

……なんでしょう。その、いいにくそうな感じ。

先生「一応、不育症の検査を、一通り、調べさせてもらえませんか」

ああ、それか!
不育症というのは、妊娠は成立するけれど、流産や早産を繰り返し、生児を得られないものを指します。いくつか定義があるんですが、私は初回妊娠で初回流産。定義には触れないんですね。
先生の臨床経験からくる勘というのもあると思います。なので、お任せしてお願いすることに。
詳しい検査の解説は、また検査結果が出た時に説明しましょう。

で、それはさておき。問題は、お腹の中で死んでしまった赤ちゃんのことなのです。
このまま放っておくわけにはいきません。なんとかして出してあげないといけない。
所謂子宮内の掻爬術という外科的な処置を行うか、待機的に経過を見て自然に流産してしまうのを待つ待機療法か、ということになります。

先生「この大きさまで育っていると、多分ものすごい痛みを伴うし、感染とかのリスクを考えると、掻爬をした方がいいと思う」

とのこと。
待機的にみていると、早い時は早いけど、いつまでも自然におりてゆかず、感染などを起こしてしまって最終的に掻爬、なんて可能性もあるわけで。
実際、仕事をしているので、いつ出てくるかわからない状態を続けるのも職場にも迷惑だし、いつまでも暗いところから赤ちゃんを出してあげないってのも精神的に辛い……
というわけで、掻爬に同意しました。

掻爬の内容の説明とかは、長くなったのでまた後日。

流産って産婦人科の先生にとっては珍しいことじゃないんだろうけど、こうやって毎回悲劇に立ち会い、そして説明しなきゃいけないのは辛いだろうなあと、どこかぼんやり考えてました。

毎日お腹の赤ちゃんのことを考えて、食事や生活や、いろんなことに気をつけていたのに、すこん、とそれがなくなってしまって。
これから仕事をどうしようとか、いろいろ考えて手回ししてたことが、全部無駄になり。
あんなに楽しみにしていた旦那や、旦那の両親や、もちろん自分の両親や、そんな人たちを傷つけてしまうなあ、とか。
職場に手術とか休みをもらわないといけないなあ、とか。
いろいろ現実問題とか考えてしまい。
採血受けてるときに笑顔まで見せてしまったもんですから、看護師さんに「元気そうですね」とか言われてしまって、それでちょっと傷ついてみたり。
泣く余裕も、悲しむ暇も、なかったです。
冷たい人間と思われるかもしれませんが……



やっと泣けたのは、職場の旦那に、電話で報告した時でした。


帰ってきた旦那と一緒に、沢山沢山泣きました。